burningcheeseburgerの日記

一貫性皆無日記

滅びゆく街

サンパウロ州サントアンドレで生まれてから磐田市、菊川市、鶴見区、パライバ州ジョアンペッソア、港区、江戸川区、厚木市、世田谷区、ペルナンブッコ州カルピナ、島田市、そしてまた世田谷区、同じところに戻るのは初めてっぽい。

こうして書き出すといろんなところに住んだもんだな。小学校に入学してから2回転校したんだけど、3回やった初登校は全て迷子になって、3回とも泣いていたらやさしい誰かが助けてくれて、次の日から道を覚えた。

国に帰れだってさ。

じゃあさ、帰るから一緒に着いてきてよ。雨が降ったら足を泥だらけにして。よく遊んでいた公園は芝生がいけてて、裸足になるのが大好きだったなー。靴下履いてると躊躇するよね。だからやっぱりサンダルは必要。サンダル履いて新宿御苑。

小学校に入学してすぐ図工の授業で作った鯨の版画で賞状もらったのめちゃくちゃ嬉しかった。それからもらった賞状は歯並び(今は悪くなっている)と、英検くらいだよ。英検は賞状にはいるのかな?

バナナはおやつに入りますかと聞くように私は問うた、演歌は歌謡曲に入りますか?そうしたら、歌謡曲の中に演歌があるんだと教えてもらったよ。私が好きな歌謡曲は、江利チエミのわたしの人生。下にリンク貼っておくね。

1人でSpotifyで鯨の鳴き声聞いてる時の時間って完全に演出だなと思うけど、みんなも1人でいる時に演出する?演出っていうか演技なのかな。落ち着くために鯨の鳴き声を聞いてる自分の演技をしているんだと思う。演出する時は酔わないように気をつけて。前世じゃなくて来世が鯨の方がいいな。人間だったら格闘家がいいな。獣は嫌だな。せめて鳥で。(鳥ナメすぎだし鶏とかだったら最悪だよね)

わたしは子供の頃絵を描いたりするのが好きだったけど、完成させないことが多分七割くらいで、美術の先生に呆れられてた。美術の先生大好きだったな。美術の先生は同級生のお母さん(児童作家)に指導が気に食わないと言われていたな。直接かは覚えてないけど。あれが初めて目の当たりにした美術論的なものだったんだと思う笑

SNSで何とか論みたいなの見ると消えたくなるんだ。そうやって気持ち悪いもの見て消えたくなるのって自分を崇高なもんだとどこかで思ってるんだろうね。そうするとループに入って、だからやっぱりあんまり良くないよ、特にスレッズは。

無秩序な他人の意見ってノイズでしかない。ライブでノイズ聴くのは楽しいし、好きなアルバムもちょっとはあるけど、Twitter見ちゃうのもそんな感じなのかもね。じゃあみんなでノイズのバンドやろうよ!ノイズアイドルグループだよ。不愉快なのがいいんでしょ。変なこと言ってごめん。ナメてんの?っていろんな人に思われてると思うけど、全然ナメてないし、ナメてるって何?お前の苦労をわたしも背負わなきゃいけないの?君それ赤すぎるんじゃない?時代に合わないよねー、風のように軽くいかなきゃ、下は沼だらけ。

https://youtu.be/jD0MhTW2seY?si=nA49_l35hG2RgwSs

 

Coração Feliz 幸せな心 - Beth Carvalho 歌詞日本語訳

www.youtube.com

 

Que culpa tenho eu por gostar de falar de amor?

愛について話すことが好きで一体何が悪いの?


Olha, o meu coração. Não consegue aceitar a dor.

ほら、私の心は痛みを受け入れきれない。


O que posso fazer se esse meu sentimento tão lindo me conduz a trilhar os caminhos floridos da vida?

どうしろっていうの?この美しい想いが、人生の花咲く道へ私を導いていくのだから。

 

É um grande lugar.

そこはとても大きなところ。

 

Muito bom pra viver.

生きるのにとても素敵な場所。


Onde se pode ter a certeza que existe a paz.

そこには必ず平穏が宿っている。


É um espaço sublime onde o peito exprime os encantos do amor.

そこは崇高で、胸の内が愛の魔法を映し出す。

Este é o meu coração.

そこが私の心。

 

Agradeço a Deus por saber a diferença que existe entre o bem e o mal.

善悪の分別がつくことを神に感謝します。


Nada posso fazer se o mundo está chegando ao seu final.

世界が終わりに近づいているなら、どうすることもできないもの。


O ódio é uma chama que a mente humana insiste em alimentar.

憎しみは人の頭が育てる炎で、


Mas eu não me deixo influenciar.

私はそんなことに流されない。


Pois tenho amor pra dar.

なぜなら、与える愛があるのだから。

 

É um grande lugar.

そこはとても大きなところ。

 

Muito bom pra viver

生きるのにとても素敵な場所。


Onde se pode ter a certeza que existe a paz.

そこには必ず平穏が宿っている。


É um espaço sublime onde o peito exprime os encantos do amor.

そこは崇高で、胸の内から愛のときめきが絞り出てくる。

 

Este é o meu coração.

そこが私の心。

忘却、ミルクと砂糖

時刻は9時59分、私は数分前の出来事について考えを巡らせながら、ミルク、砂糖多めのカフェオレを飲み、ブログ掲載の為その記録を会社のPCのメモ帳に書き写しているところである。
朝は頭の回転が、めっぽう遅いので、この文章ですでに3分経っている。てへ。
会社に着きメールを確認し、仕事の依頼が1つしかなかった。1つあるのなら早速、と取り掛かるような素直な人間ではないので、この暇な会社での貴重なお仕事は一番おいしい時にこなすのがミソなんじゃ、フハハハハハ、という少々姑息な手を使ってしまうのだ。あくまで、私はそういうプログラムがされているというだけで、ヒトの善悪とかそんな飛躍せずに考えようと、意識する。これは、記録です。


会社の自動販売コーヒーマシーン(うすらメタル味を感じない?このネーミング)で、砂糖やミルクどうしよこうしよとしていると、背後に人が通る気配がした。私は片耳イヤホンをつけていたし(よい子はマネしないでね)、明らかに自販機をいじっているので特に挨拶もせずにいたら、ふつうすれ違う時のテンポとはずれた、はきはきとした、大きな「お疲れ様です」が聞こえ、慌てて後ろを向いて大きめの「お疲れ様です」を彼女の眼を見て返した。私は会社では内気な方で、仕事上必要のない限り人とおしゃべりはあまりしないし、良くないとはわかっていながらボソボソ挨拶をしているようなぬめっとした人間なので、会社でこんな風に人の目を見て、元気に挨拶することがあまりに新鮮で、驚いた。さらに驚いたのは、挨拶を返したらすぐに彼女も私の眼を見て、「あ、やっぱり」とさっきよりは威勢の無い声で言って去ったことだ。私は何もわからずに5秒ほどきょろきょろした。

一番最初に考えたのは、片耳イヤホンのせいで彼女の声に気づかず、2回目の大きなあいさつでやっと後ろを向き挨拶を返した場合の、あ、やっぱりイヤホンしてたのか、のやっぱりなのだろうか、ということ。
私の職場は、親会社がかなりお堅いところなので、もしかしたらイヤホンなんかしていたら叱られるような場所なのかもしれないと考えると、「やっぱり」に多面性が見えてくる。
内気な私がいつもイヤホンしている生意気で様子のおかしい新人として、認知されている可能性を秘めた「やっぱり」は、あ、みんなが噂していた通りやっぱりこいつはイヤホンしてナメた態度を取る変な奴だ、のやっぱりに聞こえてくるのである。

これは被害妄想だな、と客観的な自分も同時に存在している。このタイミングで読み返していると、自分がとんでもないナルシストに思えてきて、さらに気が滅入る。

この場合、唯一の解決は、勇気を出すことである。

また彼女とすれ違ったら、さっき、なんでやっぱりと言って去ったのかを、勇気を出して尋ねてみよう。なるべく、自然に、やわらかい声で、ちゃんと目を見て話そう。と決心した。
でも昼を過ぎてしまったら、そんな決心も忘れて、元の臆病な私に戻っているのかも。

忘却。最近その言葉について考えを巡らせ、忘却についての偉人の名言を読んでいた。結構楽しいから暇なときお勧めだよ。たぶんリール動画よりかは害無い。
偉人がみんな口をそろえて、忘却が大事だって言ってたんだけど、あれだけの頭のいいありがたい人たちが鋭く短い文章で忘却について語るのなら、今の私がそれを完全に理解できていないというだけで忘却というのはとても重要なことなのかもしれないと考えた。
となると、早く理解に追いつきたいとあれこれ何について考えるべきかを考えたりして、結局、何を考えればいいわけ?となる。
忘れること。考えているから忘れないんだよ。忘れるってのは、忘れるってことで、考え続けていたら忘れられないし、そもそも忘却について考えるもくそもなくて、重要なのは、忘れるということ、ただそれだけ。

何を忘れる?父親に中指を立てることしかできない母親の、憎しみに満ちた顔?自分が過去にした酷いこと?人に言えないこと?ブラジルのスーパーの駐車場で物乞いしてた親子に食料を分け与えて気持ち良くなり、2回目に会った時にはめんどくせーなと思ったこと?もしかしたら、だれしもが私と同じようなことを考えて気を滅入らせてるのかもしれない。だとしたら、共通言語的な正しさというのはどこから来るものなんだろうか。

っていうかマジで、あの「あ、やっぱり」は何だったわけ。考えてもわからないこと考えても、ほんとに仕方ないんだけどさ、あ、だから忘却の話ね。

忘却が楽にできたらいいのになー。最近まで、忘れることは悪だと思ってきて来たので、いまさらそんなこと言われても簡単にできないのです。

どっちが良くてどっちが悪いとかじゃなくて、大切にしまっておきたい思い出と、忘れてしまってもいいことの分別がつくように、30代には、そんな大人になっていたいなと思い、席についてから55分が経過しました。

今日は電子タバコを家に忘れてきたから、長い一日になるぞ~。

それでは、皆さまにとって実りのある一年となりますように。
今年も何卒よろしくお願いします。

 

年始にとったミックスです。至らないところもありますが、BGMにご活用ください。

https://www.mixcloud.com/pumpkinburger/gardening-dub/

感謝 (feat. タフマンSuper)

タフマンはすごい!
ここ1ヶ月ほど、全然眠れず風邪をひきまくり、ふさぎ込みまくり、仕事休みまくり予定断りまくりで完全まいってたチーズバーガー。何がつらいって、おなかが空いても気持ち悪くて食事が楽しくないのです。
食いしん坊として生まれ育ったから、ご飯がまずいのが結構くる。
そんなバテまくりCB(チーズバーガー)、タフマンスーパーを飲んだらここ最近の不調期間で一番調子よくてバリバリ家の片づけや仕事が出来るではありませんか!タフマンのおかげなのか、ふさぎ込む時期が終わって元気な時期に入ったのかわかりませんが、とりあえずプラセボ確保して、タフマン飲んだら元気になった気になれるってだけでも、かなりデカいよね。ありがとう!ヤクルトのおばちゃん!ありがとう!みんな!
でぇ、話は変わりますがぁ、実は私、来週で誕生日を迎え24歳にならせて。頂。つーことで、23歳ふりかえり。

いろいろあり過ぎたなー。振り返ってるけど、公にしたい内容じゃなかったなー。何の時間かなー、これ。
別れたり引っ越したり付き合ったり骨折したり失業したり転職したり、不眠症(New)なったり、いろいろと変化がいっぱいで、環境に心がなかなか追い付かず、大変だった。頑張った。それでも、面白いパーティにいっぱい行ったり、友人が果物を送ってくれたり、映画いっぱい見て音楽いっぱい聞いて、DJにもお呼ばれされたし、色々な人と出会ってしゃべって、こう考えると楽しいことの方がダントツ多かったです。
わたしはわたしの孤独を抱えきれないけれど、周りの愛する人々のおかげで、いつも大切なことはこれだな~と思わせてくれる。皆さんありがとう。
DJ褒めてくれたり、ブログを楽しみにしていてくれたり、東京に来るといつも会ってくれる友達。抱えきれなくなりそうな時も、そういった言葉や思い出の瞬間が、いつも私を生かせてくれている。書きながら泣きそうになっています。23年間生かせてくれたいろいろなことを、丁寧に一つずつ思い出して、一つずつありがとうを言っていきたい。

これからの目標は、ジムに通うことと、何かイベントをオーガナイズしてみること、あとは全体的に説得力のある人になりたいです。

日々少しずつ、向上を!未来はいつだって明るい。はず。でわ。

かんがえごと

今日これから会社を早退して、不眠症の診察に行ってくる。
思えば私の睡眠がおかしいのは小学生のころに始まった。

生まれてすぐにプロテスタント教会で洗礼を受け、祖父母に預けられていた2~5歳ごろは熱心なキリスト教徒婦人会の祖母に連れられ週3で教会に通っていた。
その頃からかわいがってくれてた婦人会のおばちゃんたちからいまだに私の名前をお祈りリストに入れていていつも神のご加護があるようお祈りしてくれているとたまに連絡があったりする。祈りという素敵な行為を続けていただけるのは本当にありがたいし、地球の裏側に居場所を感じて安心できる。よく言うように、ハーフにホームは無いから尚更。
そんなこんなで熱心なキリスト教徒に育てられた私は中学卒業まで教会に通い、日曜学校でお勉強し、14歳で再び洗礼を受けた(本格的なやつ)。高校に上がるころには大学で習うような神学のクラスを取っていて、教会の大人たちに混ざって難しい話を聞いたり、子供たちに振付を教えたり、青年会のコーラスやったりとかしてた。
教会で叩き込まれた思想の一つに、神は罪を許してはくれるが、聖霊を侮辱することは許されない。というものがあった。
子供の私は三位一体の概念がよく理解できていなかったので、とりあえず神様(主もイエス聖霊様も)に失礼系のやつはマジでダメで地獄行きなんだな、ひょえー。みたいな理解だった。失礼の無いようお祈りするときは膝をつき、丁寧な言葉で祈り、教会へ行くときはきちんとした服装をした。そういう実践レベルのことはできたが、頭の中は自分で制御できず、ベッドに入ると必ず、神聖なものへの侮辱的な想像が止まらなかった。イエス様のちんちんや悪魔の姿やイエスへの侮辱の言葉が大量に頭の中をかき乱していた。
考えたくて考えているわけではなくそれは悪魔の仕業だろうから、神の名の下イエスの聖なる血で清められている私に手を出すな!などと唱えることで全知全能の神にあたかも自分は悪魔の被害者として認識してもらえるように眠れるまで怖がるか祈るかをしていた。
本当に悪魔に取りつかれるんじゃないかと思ってた。
ティーンエージャーくらいになるとみんな聖霊の言葉をしゃべりだしたり(真似すると地獄行きで最大の侮辱とされてた)、祈りでアツくなって泣いて騒いだり超ペンテコスタルで、自分だけずっとそういう経験を得られずマジでダルかった。今思うと自分の性質が上の空系女子で集団ヒステリーに陥ることがなかったってだけだし、そもそもずっと疑問を抱くのが罪だと言われて外に出さなかっただけで、学校で習う科学的な事実の方が全然信じてた。そりゃそうだよねって話です。
子供からしたらほんと超怖いからねこれ。マジで地獄とか天国とか言うのやめた方がいいでしょ。
高校に入って神との距離は大きくなっても、地獄行きみたいな意識がずっと残っていて、それらがなくなったのもほんと最近のことです。

で、今年ベネデッタってポールバンホーペンの映画を観たんだけど、主人公がイエスといちゃつく夢のシーンみたいなのがあって、これこれー!俺これに苦しめられてました!!ひょーーーー!!となって今年観た映画ナンバーワンとなりました。

じゃあ、神との関係を断ったのか?と言われると、そんなことはできない。生まれてからずっと私の軸になっていた教えをそう簡単に排除できるわけがないし、軸になっているようなものは宗教どうこう以前に社会生活を営む上でとても良い働きをしているものがほとんどである。
ローマ教会がうんこだったってだけで、何か大きなエネルギーとして人類が感じてきた神の存在は確実にあるだろうし、実在したイエスも絶対良い奴だったとおもう。枠組みとしての教会に属さずにいても、より良い人間になりたいし、他宗教の人間が感じる神の存在を侮辱するような人間にはなりたくない。

仮にも神は自由な意思を与えてくださったし、わたしは神に感謝はしていない。ただそこにあるもの、全知全能というのはそういうことだろう。
死後のことを知らない、特別でない、動物の一種としての人間である私は、今一番必要な「熟睡」を目指し乗り換え地点の表参道を彷徨うのであった~。あー!気持ちよく眠りたい!ただそれだけ!

パライバのムスメ

ブラジルで出会ったホームレス集団との楽しい&怖い経験を思い出したので、こういう話こそブログに書くべきなのでは?!?!?!と思い、書く。

えー、2020年末から2021年8月にかけて私チーズバーガー、祖国ブラジルはパライバ州ジョアンペッソア市のビーチの目の前で夢のような生活をしていました。

簡単なあらすじ:横浜市内の大学を半期で辞めて変な仕事(黒光りフットサル界隈)で頭がおかしくなって酒浸りになり貯金も尽きて親のすねをかじりに2日かけて、ドバイ経由で地球の裏側へ!旅のハイライトはもちろんドバイの空港の喫煙所。富豪になった気持ちでタバコが吸える場所があって、そこにはふかふかの一人掛けの足まで延ばせるタイプのおしゃれな椅子が、窓に向かって並んでいて、窓からは飛行機が飛ぶところを眺められる。ニコンフィルムカメラで撮った写真があるんだけど、4年たつのにまだ現像してない。フィルムは生ものらしい。そんなこと言われると出し忘れたお弁当箱とか、ベッドの下に転がってるいつ開けたかもわからないペットボトル並みに中身の確認に恐怖が伴うよね。私は腐ったお弁当箱を母親に提出するのが怖くてクローゼットの奥底にその類の品々をため込んでた。給食で残した干しシイタケをぐるぐる巻きにした何枚もの布巾が、鮮明な色をしたままあの地獄の谷底で息を引き取っていったのを今になって思い返すと、死んだらマジで極楽とかいけないんだろうなー。行けなくてもいいのでシロナガスクジラかハープ奏者として来世を過ごしたい。
話が飛んだけど、2021年上半期のブラジルに戻ります。
コロナまっただ中で初めてサンバカーニバルも中止になり、ボルソナロ大統領も死にかけ(ブラジルのマッチングアプリでは政治的意思をプロフィールに書く人が多くて、ボルソナロ支持者とは仲良くしません!宣言してる人とかいっぱいいておもろかった)。うちの祖父もコロナ掛かって大変でした。嫁に追い出された叔父がうちに転がり込んできて、毎晩ツケで酒を飲んでは帰ってきて怒鳴り散らす、みたいな教科書通りの暴れん坊で、近所に住んでる叔母は声がでかすぎてマンションのエントランスから存在を感じるし、その息子は母親の声がでかすぎるあまりノイローゼになって半分うちに住んでるような状況。弟はゲーム三昧の引きこもり、私は昼夜逆転の陰気なメンヘラ娘で、お母さん大変だったんだんだろうな。
そんな85デシベルな単調な日々に飽きた私に今とないチャンスがやってきたのは5月ごろかしら。なんと、私以外家に誰もいない5日間みたいなのが出来て、そりゃもういろんな事しようとワクワクしていました。やらしいやつではなく、もう、普通になんか好きなもの食べて誰にも邪魔されずに過ごしたかったの。
朝起きて、ビーチに出てココナッツウォーター飲みながら浜辺でタバコとか吸って日光浴して、昼前に八百屋で買い物して、家帰ってご飯作って、映画見たりプールでぷかぷかして、広場で散歩して、ワイン買って帰る。という完ぺきさ。
そんなある日昼過ぎに広場を歩いてたら、いつもたむろしてるホームレスの人たちのなかにスパンコールのキラキラワンピを着ているホームレスの女性が居て、めちゃくちゃぐっときたので、写真を撮らせてくれないか?と話しかけにいった。みんなテンション上がって撮影会が始まり、俺のも俺のも!とか言って、いろんなポーズで決めて、最終的になぜか私の写真も撮ってくれて楽しかった。
日本に帰ったら雑誌の表紙にして頂戴ねって言ってた。名前も忘れてしまったけど、いつか冊子を作る機会があれば、その写真を表紙にしたいと思っている。
街案内とかしてもらって、お土産屋の木製ディルドでふざけるなどして、元の広場に戻って、酒やたばこやいろいろみんなで一休みした。みんな何言ってるのか、半分もわからなかった。長年の酒や薬物でろれつが回らなくなってたから。私もケタケタ笑いながら適当にしゃべって、そのノリの相性が良くて居心地よかった。
私はちょっと気分悪くなっちゃってて、もう帰らなきゃ、、、と言って立ち上がったら、リーダー的なポジションの男性に腕をつかまれて、帰る前に大事な話がしたいと言われた。ヒヤッとした。
彼はこんなことを言っていた。

今の気分はどうだ?見た目やホームレスだからって俺たちをジャッジせずに話しかけてくれて、心が良い人間なんだと思ったよ。この辺のやつらは俺たちが座ってるだけで避けて通るようなお高く留まった奴らばっりだからな。でもお前は現実の恐ろしさをわかってない。たまたま俺たちに悪意がなかっただけで、悪い奴らだったらこのまま拉致されて売り飛ばされたり殺されてたかもしれないんだぞ。そんな状態で身を守れるのか?もっと気をつけろ。

今まで生きてきて人に言われた言葉で一番と言ってもいいほど、全身に伝わったメッセージで、鉄でできた頭をハンマーでぶっ叩かれたような気分になった。本当に私を守ろうとして言ってくれた厳しい言葉なのが伝わった。

そんなこんなで酩酊状態のチーズバーガー(こんがりVer.)は家まで5分の道を、体感30分かけて血眼で早歩きして帰ったのであった。

別の日、イヤホンでマービンゲイのAin't No Mountain High Enough聞きながら広場をうろついてたら、イヤホンを片方落とした。男性が拾ったので盗まれる!?と思ったら拾った片方のイヤホンを耳につけて踊りだしたので、一緒に踊った。彼は旅人の大学生で、少し話をした。

 

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夢によく出てくる場所

山道
 最近は見る頻度が減ったが、夜の山道を無免許運転する同じような夢を10回以上は見ている。
家族と行っていた掛川にある教会の帰り道に少し似ている。
これに関連した夢で、久しぶりに教会に連れていかれるとつまらなくて、抜け出して少し歩いたところでタバコを吸う夢も何度か見た。教会でタバコを吸う夢では見つからないかビクビクしている。この辺りは昼間、坂を下っていくと大きな運動公園のような場所に通じていて、公園の中心部にはなだらかな山のような、大きな人工のつかんで登って遊ぶやつがあって、全体的な色味がカルトっぽい。これも夢の話。

 

渋谷みたいな町
 ここには大学、飲み屋、クラブ、喫煙所がある。
大学で勉強してる夢は見ないが、休憩中かなんかで大学のようなオフィスビルのような場所で、1階の地上に出ると周りは高速道路とかいっぱいで、高架下の隙間みたいなところに喫煙所でタバコを吸う夢をたまに見る。喫煙所の前は広い階段があって、ちょっとダサくていきってる男の子たちがたむろしてる。この子たちは、行ってた教会の別の支部で見たことある男の子たち。いま私は電子タバコを吸ってるけど、夢で吸うのはいつも両切りのピース。(電子タバコの前は金ピースだったのに夢では両切りなのは謎)
喫煙所を出ると、ビルの1階部分にデニーズと喫茶店を足して割ったような飲食店があって、愛知っぽいおばちゃんが接客している。
坂道みたいなところがあって、そこを上ると木造の変な細長いビルのような建物の4階(唯一看板が出てる店)に7人くらい入るバーがある。私が一人で行くバーはウィスキーとかしっぽり飲みながら、蝶ネクタイのちょっとウザいバーテンとしゃべってすぐ帰るような場所だけど、夢に出てくるのは三軒茶屋あたりにあるような、自家製の何かしら漬けてるお酒があって、お客さんもなんだかおしゃれというか、パーティ好きそうな人が集まるようなバー。大体ふらっと入って、入った瞬間に緊張して、ちょっとしゃべって帰る。
そのバーのすぐ近くの、西部劇に出てくるような木造の平たい建物には眼鏡屋のような店と、隣にクラブがある。
入り口にはうねうねした手すりがあって、ドアの形もアメーバみたいなうねうねしたもので、入ってすぐに段差やバー感も何もなく、ステージもなく、かっこいいバンドが裸足で演奏して、その周りを客が囲ってうねうねしている。ここではいつもすげ~いい歌~とか思いつつ、退屈にしている。
地下に行くとベルリンっぽい感じのテクノギャルとか、リックオウエンス好きそうな坊主がいっぱいいて、ハードテクノみたいなのが流れてて、赤い照明がちかちかしている、絵にかいた感じの場所になっている。ここでの記憶はあまりない。
一回このクラブで高校の友達に会ったことがある。その人は人気者で、私に気づいて話しかけてくれたが、私がずっともじもじしているのでおいてかれた。なんか、現実感あるな。
この辺の夢は、昼間で遊んで帰り道素面になってきてる時の感情に近い。

・飲み屋街
 ハイテク都市があって、ハイテクビルとか超富裕層向け商業施設とかがぽつぽつ建っていて、全然似合わないエッフェル塔がドーンとある場所がある。人はほぼいなくて、私以外の人間は駅員と美容部員のお姉さん、高級中華屋のウェイトレスくらい。東静岡駅っぽい感じの駅があって、いつもそこで電車に乗る。駅の入り口は普通のエスカレーターで、登ったら右に進んで、黄色いドアの小さなエレベーターに乗る。30~40階あたりまで登ると、大学の教授の書斎(オクスフォード大学っぽい感じ)があって、書斎から非常階段のほうに進むとビジネスホテルが街になったような場所があって、そこではいろんな人が行き交っていて、息が詰まりそうになる。そこにたどり着くパターンと、普通に電車の切符を買い場所に出るパターンがある。勝手に人の部屋に入って風呂を借りる夢も見たことあるけど、排水溝が死ぬほど詰まってて最悪だった。ちなみに私は排水溝の髪の毛恐怖症で、嗚咽しながら見ないように取ってたけど、最近はそういう恐怖心がくだらなくて昔よりだいじょうぶになった。昔よりだいじょうぶになったものといえばピエロ。

掛川の教会に優しい美人のお姉さんがいて、うちの母親と仲良かったからその人とお母さんと遊ぶことが多かった。おしゃれで、お化粧が上手で、家もきれいで憧れのお姉さんだった。
父親が蒸発したころに、車の中でふさぎ込んでる私のところへやってきて、お姫様のおとぎ話を聞かせてくれた。私を慰めようと即興で作った物語だと思うんだけど、話の内容よりその人に抱きしめられてるのが心地よかった。
そのお姉さんはよくニキビを潰していてた。
ある時そのお姉さんが真っ白な部屋で、とても大きな横長の、黒板くらいの大きさの鏡の前でニキビを潰してる夢を見て、鏡に映ってるのがピエロで、怖すぎてそれからピエロが怖くなった。
ピエロに夜道で追いかけられて、捕まって、車のトランクに入れられる夢を見た時もすごく怖かった。これも掛川の教会の近所のスーパーの駐車場だった。
最近まで結構ピエロ怖かったんだけど、テリファー観てから大丈夫になった。お姉さん逆さまに吊るして、またからのこぎりギコギコで大量出血するシーン面白かった。

話を戻して、ビジホエリアではチャラい感じのカラオケボックスやゲーセンがある。ちなみにゲーセンは富士急かディズニーに通じる。夢のなかの富士急は、入り口から出口まで1つの乗り物で構成されてて、長い間それに乗るだけの場所。サルとかバナナの装飾がいっぱいある。ディズニーは、ディズニーっぽい夢の国って感じでアトラクションはない。
で、切符買う場所に出ると、駅員に操作方法教えてもらって、切符買って、電車に乗る。駅員は結構そっけないけど、真面目でいい人だと思う。
電車はなんだか、ヨーロッパの地下鉄を新幹線っぽいデザインにした感じの、グレーと青の電車。
降りるのは世田谷のどっかの地名の場所で、そこは駅の片方の出口は超密集型飲み屋街に通じている。京都の町みたいな、きれいに並んでいて、おでん屋とか焼鳥屋とかが多い。住居はなくて、街のすべてが似たような居酒屋でできてる。全部木造の建物で、戦後っぽい作り。ここで星野源と隣になって、日本酒を水で割って飲む夢を見たことがある。何の話をしたかは覚えてない。この飲み屋街は何度も夢に出てくるが、実はここでは大して遊ぶことはなく、そこを外れた場末のほうが夢に出てくる。ここ(場末)はたぶん一時期住んでた鶴見区の生麦という場所が元になっていると思う。おじちゃんおばちゃんがくだらない話して大笑いしたり、歩いてると手招きされたりする。もつ煮屋へ何度か行く夢を見た。
電車に乗っていく街ではあるんだけど、不思議なことに、この街に行くのが目的で電車に乗るんではなく、何かから逃げてたどり着く場所って感じ。全然楽しくはない。見つからないようにする必要があるから。

上で書いたディズニーみたいなところは海とつながっていて、マイアミみたいなアゲアゲ系の海で、一度夢でそこで降りた時、津波みたいなのに巻き込まれて超怖かった。最終的に、砂漠を飛んでた、気がする。

あと、学校のヤバいプールも何度か出てきた。
毎回プールの授業で水着を忘れるって夢なんだけど、学校の水着借りて授業に挑む。廃墟みたいなとこで、結構大きい、プールというよりくそデカい釣り堀みたいな。どんだけ深いかはわからないけど、足はついたことない。暗めの場所で、水も深緑みたいな、なんか、スゲー嫌な感じ。先生もきもいんだよね。

以上、夢によく出てくる場所の紹介でした。
夢は、何回も同じの見たり、同じ場所で違う夢を見たり、色々で楽しい。でも覚えてるのは怖くて嫌なのばかり。